片・すぐお腹痛くなる。

まだ生きていたのか?!

今年買ってよかった本2022

 私がこの世で15番目くらいに嫌いなものが、芸能人による自分語りから始まる文庫解説です。例えば高校生が主人公の小説の解説なんかで、冒頭からいきなり自分の高校時代がどんな風だったかを語り出し、そんな自分がこの小説世界にいたとしたらきっとこんな風に感じただろうな~みたいな妄想を展開しはじめる手合いが大嫌いです。作文の教科書(そんなものがあるとしたらですが)か何かに載っている、自分の身に置き換えて考える、とか、自分の身近な出来事と絡めて共通点を見出す、とか、そんな手法のつもりなのでしょうか。それで誰かの興味を惹いたつもりなのでしょうか。誰もが自分の身の上に興味があるだろうという思い上がりには辟易します。文庫解説というのは、読者にとって購入の決め手にもなり得る存在なのです。ひとつの指標なのです。この本がどんな本かを知りたい時に、いきなり自分より先にその本を読んだだけの芸能人の自分語りを読ませられて、私はどんな気持ちになればいいのでしょうか。私はこのブログで思う存分自分語りをしますが、それはここが他ならぬ私のブログだからです。自分語りをしたい人は、他人の解説じゃなく自分の本文でやればいいのです。それから、解説で自身と著者が知り合ったきっかけとか、どういう経緯で解説依頼を受けたかとかを長々書くのもやめていただきたいものです。恐縮千万、みたいなふりをしてそういうことを書く人もいますけど、そんなこと書く余裕があるなら作品についてもう少し掘り下げて書けないのでしょうか。余程紙幅が余ってしまったのかな、と思ってしまいます。

 さてさて、「今年買って良かった本2022」と言い乍らもう2023年も4か月を過ぎようとしているのです。でもまあ皆なんだかんだ言って、6月くらいまでは去年の気分を引きずって生きていると思うのです。

 今年買って一番良かった本はこれ! なのです。以前の日記(日記24 - 片・すぐお腹痛くなる。)でもタイトルだけ触れていますが、ざっとあらすじを紹介すると、パンデミックによりマイクロ国家が乱立し国境だらけになった近未来ヨーロッパを舞台に、謎の組織”クルール・デ・ボワ”にスカウトされたエストニア人シェフのルディがスパイ技術を駆使して人や物を密輸する仕事をこなしていく様を描く連作スパイ小説かと思いきや、いつの間にかルディは巨大な陰謀に巻き込まれていて……というスケール感の大きいSFスパイ小説なのです。引き込まれては突き放されるような場面転換に初めは戸惑い、そのうちクセになるのです。何を措いても、皮肉屋でちょっと不遜だけどドジっ子で人が良い、主人公ルディのキャラクター造形が絶妙なのです。本作は《分裂ヨーロッパ》というシリーズの第一作で、同シリーズは本国では第四作まで刊行されているらしいので、続編の翻訳が待たれるのです。もちろんこの一冊だけでも独立した作品として読めますよ。

 

 こちらも既出の日記24で触れ、そこでほとんど語り尽くしてしまったので、『ヨーロッパ・イン・オータム』との符合でも書き連ねましょうか。『ヨーロッパ・イン・オータム』は「ジョン・ル・カレ×クリストファー・プリースト」という触れ込みで売り出されていました。スパイ×SFという意味でしょう。私は両者の作品を読んだことがないので何とも言えないのですが、『アシェンデン』を読んで、ジョン・ル・カレよりもむしろサマセット・モームなのでは? と思いました。スカウトのシーンでは両者とも、乗り気じゃないように見せてから引き受けてみせ、ファビオとルディの一方的にルディが振り回される関係は、どことなく毛無しメキシコ人とアシェンデンのそれを彷彿とさせます。ルディとアシェンデンのキャラクターも似通っているように思えます。どうりで私は二人とも大好きです。それから、イギリス人作家らしいユーモアも共通しています。最後に『アシェンデン』について付け加えると、モームはきっと人間が好きな人なのだろうと思うのです。そういう人の描く人間は面白いのです。

 

 私にとって2022年はGS元年でした。多分きっかけとしては、『9の音粋』というラジオ番組の第90回「年忘れ馬鹿騒ぎディスコ」(2021年12月20日放送)で、私の敬愛するスージー鈴木氏がダイナマイツの『トンネル天国』をかけたことで蒙が啓かれたのだと記憶しています。以前から、私のスターであるガロのトミーがGSが好きだったということもあり、GSは避けては通れないと思ってはいたのですが、それまで取っ掛かりを得る事ができずにいたのです。なんとなくGSというと、タイガースを筆頭とするゆったりしたバロック調の曲が想起され、GS=かっこいいという図式が自分の中で描けずにいたのですが、ダイナマイツの『トンネル天国』は文句なしにかっこいいガレージロックの傑作でした。それから中古でGSのレコードを集めるようになり、もっと見聞を広げようと思ったときに図書館で手に取ったのが本書なのです。そして本書の情報量に圧倒され、これは手元に残して折に触れ参照すべきと判断して購入に至ったわけなのです。この本のおかげで私はビーバーズの『君なき世界』という名盤と出会うことができました。黒沢進は稀代のGS研究家です。彼を超えるGS研究家は今後出てこないでしょう。

 

 これも図書館で、小説の資料として借りたのです。貸出期限内に読み通してしまうのはもったいない良書だと判断して購入しました。その時々のメンズ服の流行がどの地域のどんな階級の者たちによって仕掛けられ、広まり、衰退しそしてまた新しい流行が生まれていったのかが、とても仔細に書かれています。1971年という、本書で主に取り上げられるシーンからそれほど隔世していない時代に書かれた強味を感じるのです。現に今、本書に登場する固有名詞をグーグルで調べても、ろくに情報が出てこないものが多いのです。これからもっと掘り下げたい一冊なのです。

 

 前述の『誰がメンズファッションを作ったのか?』で解説を書いていたデーヴィッド・マークス氏の本なのです。日本におけるアメリカンスタイルの歴史が書かれた本で、これまためちゃくちゃ良書だったのです。石津謙介、VANヂャケット、メンズクラブ、アイビー、みゆき族ジーンズ、カタログ文化、輸入セレクトショップヘビーデューティー、スニーカー、ポパイ、ヒッピー、ヤンキー、クリームソーダニュートラ、プレップ、DCブランド、ヴィンテージジーンズとレプリカジーンズ、ストリート、アベイシングエイプ、プレミア……etc……有機的に移り変わる流行は誰が持ち込み、誰が仕掛け、どこから火がつき、どのように広まっていったのかが、当時の立役者たちへの取材も交えて書かれているのです。かなり面白い本で、おすすめなのです。

 

HOW TO コツ

 これは、よく行くリサイクルショップで30円で買ったのです。結構いい暇つぶしになるのです。

 

 私の敬愛する津村記久子の本が今年も出ました。私はこれを読んで『アシェンデン』と『スポンサーから一言』と『山月記』と『樽』と『響きと怒り』を買って、『アシェンデン』以外全部積んでいるのです。『ストーカー』と『マルタの鷹』も是非読みたいと思っているのですが、とりあえず積んでる本を読んでからでも遅くはないでしょう。本書が書籍化する前の連載の時点で『マルテの手記』と『ずっとお城で暮らしてる』も購入して、こちらは読みました。とても面白かったのです。津村記久子の書く小説が好きで好きで、そんな津村記久子が紹介した本ならなんだって読みたくなるのが私なのです。津村記久子のおかげで私はシャーリイ・ジャクスンに魅了され、『くじ』と『丘の屋敷』を読了し、『壁の向こうへ続く道』を積んでいます。私が翻訳小説をよく読むようになったのも津村記久子のおかげと言っても過言ではないと思います。世界文学にとっつきづらさを感じている人も、この本を読むときっと面白そうと思ってもらえるはずなのです。

 

 多分目次を読んでもらえれば、何か面白いことやってんな~と思って読みたくなるでしょう。基本的に散歩したり飲み食いしたりしてるだけなのですが、ちょっとした工夫や発想で日常が非日常になって面白いのです。